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浪花亀吉の足曲持


江戸時代の見世物興行を描いた浮世絵のことを「見世物絵」と呼びます。そうした見世物絵のなかから何点かを選んで、紹介・解説しています。

また、既整理分の川添コレクション・見世物版画目録はこちらです。

浪花亀吉の足曲持(天保末)の錦絵

タイトル:蘭杭足曲持
絵師:橋本貞秀
版元:伊勢屋惣右衛門
刊年:天保13年(1842)
体裁:団扇絵1枚

 これは見世物の興行を描いた浮世絵で、いわゆる「見世物絵(みせものえ)」と呼ばれるもの。この図のように軽業・曲芸を描いたもののほか、動物の見世物や細工見世物を描いたものなどがある。見世物絵は多くの場合、興行と相前後して刊行され、宣伝物的な性格と、プログラムやブロマイドのような追体験の記念品的性格を持っていた。加えて、この図は「団扇絵(うちわえ)」と呼ばれる形式で、通常は実際に切り抜いて実用に供されたものである。

 図は表題にあるように、乱杭渡りと足曲持を見せた興行で、演者名は記されていないが、浮世絵・国文学研究家の鈴木重三氏がご所蔵の墨摺報条(すみずりひきふだ)に同構図のものがあり、その演者名が浪花亀吉(なにわかめきち)とあるところから、やはり同一人の興行と見られる。

 内容としては、後ろの水門と蝦蟇(がま)に注目すると天竺徳兵衛(てんじくとくべい)が想起される一方で、傘をさした衣冠の人物に柳と蛙とくれば小野道風(おののとうふう)である。どうやら亀吉の曲芸はこれら二つの物語を下敷きにして、連続的に演じたもののようである。右側の布晒しは傍らで囃すような役割であろうか。

 年代的には、文献史料としても確認できる天保13年(1842)の江戸での興行に取材したものと考証でき、貞秀の落款、絵の具の色合い、また先の報条の内容とも矛盾するところがない。


この解説は、1992年11月に名古屋で行われた『浮世絵−江戸の意匠』展のカタログに川添が執筆した内容を、補筆流用したものです。
copyright (C) 1992, 1998 by Yu Kawazoe.