川添 裕
Yu Kawazoe

Waves on the Net 1
ウェブ・パブリシング


この原稿は、もともと平凡社発行の雑誌『月刊百科』に「インターネットニューウェイブ」のタイトルで掲載したものです。改訂を加えてinternet versionとします。

 「ウェブ・パブリシング」という言葉をよく耳にする。すなわちWorld Wide Web(略称WWW。いわゆるホームページ)を利用しての出版というわけである。そんなことが可能になったのは、インターネットがどんどん社会に浸透してきたことと、ホームページの閲覧ソフト、いわゆるブラウザー・ソフトが急速な進歩を遂げたことに拠っている。

WWWの歴史

 WWWは、スイスのヨーロッパ素粒子物理学研究所(CERN)で1989年に開発された情報提供のシステムで、インターネット上で世界中の最新情報を容易に入手できることと、ハイパーテキスト構造で次々と関連情報にリンクできる便利さから、主として研究者のあいだに普及していった。OSなどのプラットフォームから自由であったことも、画期的であった。開発当初はテキストベースであったのが、のちに画像や音声なども扱えるようになり、なかでもイリノイ大学のNCSA(National Center for Supercomputing Applications)が1991年に開発したブラウザー・ソフト、NCSA Mosaicの登場によって新たなマルチメディア対応の段階を迎え、その人気は一般人もふくめて急激に上昇していった。

 その後はよく知られるように、Netscape Navigatorとあとを追うInternet Explorerの両商用ブラウザー・ソフトの一騎打ちとなり、NCSA Mosaicは過去のものとなっていくが、後発の両ソフトに何か「革命」があったわけではなく、基本的にはNCSA Mosaicの延長線上での発展であった。むしろ近年でいえば、WWWでの対話的なやりとりの可能性をひろげたJavaの登場などが、ウェブの進化に貢献しているだろう。

 さて、というところまでは、既成の技術に対して素直な姿勢の書き方で、長年出版に携わる人間としては、ウェブ・パブリシングなどといっても「まだまだ」の感も、じつは強いのである。

紙メディアとの落差

 ホームページの制作には、HTML(Hyper Text Markup Language)を用いるのだが、これでは基本的に縦書き表示ができないし、精密なレイアウトも自由にはできない。意地悪な言い方をすれば、それだけで未成熟と言われても仕方がない面がある。

 ところが、そんななか1997年5月にAdobe Acrobat日本語版(3.0J)が発売された。これはPDF(Portable Document Format)という電子ドキュメント形式により、表示形式をそのまま維持しながらドキュメント・ファイルの移植が可能なソフトで、これをウェブと結びつけることで、ウェブの表現とデザインの自由度をはるかに向上させるといわれる。確かに上記の問題は解決されるし、そのままPDFでの電子配信も行えるので、ホームページ制作、DTP関係者には評判がいい。また、その後1998年7月には、ボイジャー社からT-Timeという「インターネット縦書き読書」支援ソフトも出ているが、しかし、これで問題が解決かというと、むろんそうではない。

 そもそも根本的な文字コード(外字表示)の問題もあるし、現状ではどうやっても長時間読書には向かぬディスプレイの問題もあるのだ。ウェブ・パブリシングは、確かに紙メディアにはない大きな可能性を秘めている。しかし、まだまだ解決すべき課題が多いのである。

Waves on the Net 10 「明日のウェブに」もあわせてご覧ください。)

最終更新=Sun, 19-July-1998、初稿=Wed, 02-July-1997

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