かつて遊んでいたIndy "Guinness" R5000SC
A trademark of SiliconGraphics, Inc.
最初にSiliconGraphics社のIndy(開発コードネームは"Guinness")を知った時は、やっぱり凄いなと思いました。もっとも、いま考えるとその多くの機能がチャチに見えてしまうくらい、さまざまな技術が急速に進展したわけですが、メディアレコーダといい、グラフィック機能といい、標準のカメラ搭載といい、通信機能といい、1990年代前半にあってメディアとしての考え方が先進的だったことは間違いありません。ただ、当初は値段があまりにも高すぎて到底手が出ず、現実には同じ年(1993年)に発売されたMacintosh LC475がこの頃の私の愛機で(画像処理のためにスキャナー、外付増設ディスク、プリンター、ソフトウェアなどを揃えるとそれでも当時百万以上かかりました)、Indyはその後数年してから中古で手に入れたものです。
そんなわが家のIndy R5000SC-180 MHzは、この夏(2000年夏)にOSをIRIX6.2からIRIX6.5へバージョンアップし、Netscape Fasttrack Serverをのせかえました。書き下ろしの岩波新書が刊行になり、ほっとしたところで丸二日作業をしました。普段はとうていそんな時間はありません。というより、こう暑いと根(こん)をつめた長い仕事はなかなかやる気にならず、原稿の下調べをするか、たまった単純仕事をかたづけるか、外で遊ぶか、昼寝をするかです。
ともあれ、これが引きつづき自宅内のイントラネットサーバーで、データベース(CGI-Perl)のテスト、原稿文書バックアップ、GimpやBlenderでの2D・3Dなどと活躍中の、頼もしいUNIXワークステーションです。オーディオやビデオ関係は、もう一台の少し速い O2 "Moosehead" で入出力・加工・編集をしています。こちらはAVオプションボード1枚でビデオ、テレビの取り込みまででき、標準のMovieMakerでけっこう編集ができてしまうすぐれたワークステーションです。
コンピュータの得手(えて)が、計算、データ蓄積、検索、テキスト編集、通信コミュニケーションといった機能に加え、何といってもAV、グラフィックス(CG)やVisualization、Virtual Realityなどのデジタル感覚にあることを早くから教えてくれたのは、シリコン・グラフィックス社 SiliconGraphics, Inc. のマシンたちです。生業(なりわい)として四半世紀近く紙のテキストに向かいあってきた者としては、なおさら、そのことをはっきり感じます。むしろその「ちがい」がメディアとしては面白く、もともと芸能志向、映画志向の強い五感型の活字人間としては、さまざまな別の可能性を感じるのです。もはや古典ですが映画の『ジュラシックパーク』や新版『スターウォーズ』、『マトリックス』、『グラディエーター』等の表現力を観るだけでも、そのことはあきらかでしょう。また、通信機能でいえば、こんなに簡単にインターネット個人放送が可能になってしまったのは、じつに驚くべきことであり、素晴らしいことです。
コンピュータが、出版編集の道具として便利に使えるのはもちろんですが(自分自身その教育に特化した専門学校の教師もやってきましたが)、メディアとしての「本」と「コンピュータ」をそのまま妙なかたちでつなげようとする、一部のはきちがえの議論にはうなずけません(念のためですが、これは雑誌『本とコンピュータ』のことを言っているわけではありません)。本には本ならではの面白さがあり、デジタルメディアにはデジタルメディアならではの面白さがあって、「ちがう」から面白いのであり、「ちがう」から刺激しあって世界がひろがっていくのです。すりあわせるのではなく、そもそも「ちがいつづける」ことが、表現の可能性なのです。とっぱずれた猛烈な本が素晴らしいように、先鋭なデジタル表現はデジタルならではのもので、変にすりあわせると、両方がつまらないものになりがちです。むしろ「ちがう」ことが、互いにとっての生産的な関係性になりうるんですね。
このところ次々と刊行される出版論・書物論をみていて思うのは、もはや習性とも化した無意識の閉塞性(出版や本に関する議論が、出版「業界」に関する議論や、へたをすると陳腐な回顧談、自慢話等にすりかわってしまう)、外部世界との関係性のなさ、内実イメージの希薄さで、そうしたくだらないメタ議論、能書きにつきあうよりは、とにかく一冊でも多く面白い本を読み、できれば作り、できれば書くことを心がけたいと思います。多分、その際も、じつは種々の現場体験や音楽、芸能、映画のライブ感覚、そして本当のデジタル感覚が、異次元の強い刺激となって、世界との関係性の糸をより太く紡ぎだしていくように思います。本とデジタルメディアが予定調和してもまったく面白くないし、第一、それぞれの強烈な表現には、そんなことは起こり得ません。
話は戻って、Indyの方はOS入れかえを機会に、システムディスクを7200回転・2MキャッシュのUltra SCSI 9Gディスクに変えたら意外と動作も軽快で(入れ替えたIBM DNES-309170Nというディスク自体、コンピュータの世界ではもはや古物ですが、Indyの元ディスクはもっと古くて遅かった)、Silicon Graphics社にはIRIXでもう少し頑張ってもらいたいものです。むろん、スピードだけでいえば最新の高速PCにかないませんが、UNIXの安定感は好ましく、原稿書きの合間にのんきに使うにはちょうどいいマシンです。時々UNIXを使わないと、一時期の半分「ネット屋」だった頃に覚えたコマンドを忘れるし。
また、真面目にいえば、いよいよ到来しつつあるブロードバンド時代には、Silicon Graphics社が積み重ねてきたような志向性は、またさらなる大きな可能性をもっています。「SGIに時代が追いついてくる」をキャッチコピーにした先日のSGI Solution Forum 2001でも、それは強く感じました(この会社が経営的にうまくやっていけるかどうかは、また別問題ではありますが)。自分自身が最高パフォーマンスのワークステーションやサーバーを使うわけではありませんが、O2と古参のIndyには、わがデジタル道具・遊具として、まだしばらくはつきあっていくつもりです。
(Aug-2000初稿、Apr-2001改訂 川添裕 / 古谷祐司 記)
(さすがにIndyは、大学の研究室の置物になりつつあります。動くのは動くのですが……。FOMA携帯のP900iでテレビ電話をやっていると、こんなに簡単にできてしまうのかと、月並みですが十年一昔の思いがあります。 Feb-2004追記)